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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)7446号 判決 1994年4月28日

原告

土谷日出彦

被告

渡り博

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して原告に対し、一三八五万三五四二円及びこれに対する平成二年四月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して原告に対し、三三七八万六九三九円及びこれに対する平成二年四月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、洗車待ちのため停止していた車両(タクシー)の右横(車道側)で同車両の運転者と会話していた者を、普通乗用自動車がはね、路上に転倒させて負傷させた事故に関し、右被害者が右普通乗用自動車の運転者及び保有者に対し、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成二年四月一五日午後一一時三七分ころ

(二) 場所 大阪府吹田市本町一丁目一〇番先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 事故車 被告榎田東吾(以下「被告榎田」という。)が所有し、かつ、同渡り博(以下「被告渡り」という。)が運転していた普通乗用自動車(以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 停止車両の右横(車道側)にいた原告を、被告車がはね、路上に転倒させて負傷させたもの

2  被告車の使用関係

被告榎田は、被告車の所有者であつたところ、同人が代表者である榎田設備の従業員(配管工)である被告渡りに対し、通勤、工事現場との往復などのため、被告車を貸し渡し使用させていた。

3  損益相殺

本件事故により原告に生じた損害に関し、自賠責保険からの支払金として三一六万円、損害内金として六五八万一五二〇円、治療費として一四八〇万九九一三円の支払がなされた。

二  争点

1  過失相殺

(被告らの主張)

本件事故現場は、駐車禁止の規制がなされているにもかかわらず、原告は、洗車の順番待ちのため本件事故現場に自己の運転するタクシーを駐車させ、車外に出、自車の後方で洗車の順番待ちのため駐車していた今西照美が運転するタクシーの運転席側(車道側)に佇立していたものである。本件事故現場は、交通量が多く、しかも、当時は、現場が暗い状況であつたのであるから、車外へ出る際には周囲の状況に十分注意を払い、走行車からの危険を避けるべき義務があつたというべきである。それにもかかわらず、原告は、自己の周囲に何ら注意を払うことなく、交通量の多い危険な車道上に佇立した上、駐車車両の運転席に座つていた今西との会話に興じていた結果、本件事故が生じたものであり、本件事故により生じた損害に関し、大幅な過失相殺がなされるべきである。

2  原告の後遺障害の内容・程度

(原告の主張)

原告には、本件事故により、記憶力の低下(記名健忘)、集中力低下・飽き性(感情鈍麻、積極性欠如)などの精神症状、平衡感覚の減退、雑踏での歩行困難(方向定位などの異常)、言語の機能障害(運動性失語症、感覚性失語症)、視覚の範囲制限(上部同側四分の一半盲性視野欠損)及び性的欲求の消失などの神経症状が残り、主治医により、「日常生活は可能と思われるも、より高次の仕事は不可」との診断を受けており、右後遺障害は、自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)七級の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」又は同表九級の「神経系統の機能又は精神障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当する。

(被告らの主張)

原告の後遺障害に関する他覚的所見としては、頭部CTスキヤンによる脳挫傷の瘢痕、右脳半球の棘波、徐波、MRI検査における右側頭葉の脳挫傷であるが、右脳波は、特段の異常波とは認められず、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)の認定においても、頭部神経症状及び左膝神経症状がそれぞれ等級表一二級一二号(併合一一級)に該当すると認定されているのである。したがつて、原告の後遺障害は、等級表一一級より重度のものとは認められない。

3  その他損害額全般(原告主張の概略は、別紙損害算定一覧表のとおり)等

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  事故態様

前記争いのない事実に加え、甲第一一ないし第一五、第一八号証、乙第九ないし一一号証及び原告・被告渡り本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、南北に通じる片側二車線(道路幅員約六・六メートル、以下「本件道路」という。)の南行方向、東から二車線目にある。本件道路の本件事故現場北側には、東西に通じる道路(幅員約六・一ないし六・八メートル)との交差点(以下「本件交差点」という。)があり、さらにその北側は北北西方面に弯曲しつつ、三車線となつている。同道路の本件事故現場東側は、幅約三・七メートルの歩道があり、同現場西側は中央線をはさみ、北方に通じる片側三車線の道路がある。本件道路は、市街地にあり、速度は時速五〇キロメートルに規制され、駐車禁止であり、路面は、平坦でアスフアルトで舗装され、本件事故当時乾燥していた。本件道路の東側には、米穀店、飲食店が、南側にはスーパーマーケツト、薬局等が並ぶ、いわゆる商店街であつた。本件事故後間もなく実施された実況見分時、本件道路の交通量は、一分間に二七台であり、本件事故現場付近は薄暗く、見通しが悪かつた。

本件事故当時、本件事故現場である本件道路南行方向の東から一番目の車線には、南方へ向かい、洗車待ちのタクシーが数台列をなして停車しており、原告は、その最後尾から二台目に自己が運転するタクシーを洗車待ちのため停車させ、その後方に非常灯を点滅させていた再後尾車であるタクシーの運転席横に立ち、同車の運転者と会話をしていた。

被告渡りは、被告車を被告榎田から借り受け、通勤用に使用して運転していたところ、本件事故日である平成二年四月一五日午後七時頃から同日午後一〇時三〇分ころまで、ビールを三本程飲酒し、ほろ酔い状態となつた後、帰宅のため同車を運転し、本件道路南行車線を南進していた。被告渡りは、時速約七〇キロメートルの速度、前照灯を下向きにし、同道路を進行中、本件交差点に差しかかり、同交差点の対面信号が青であることを確認し、信号が変らないうちに同交差点を通過しようと考え、同信号に注意を奪われたため、自車進路前方左側に普通乗用自動車が停車していることに、約一六・六メートルまで接近し初めて気付き、追突を避けるためハンドルを右に切りつつその右横すれすれを通過した際、自車左前部を原告に衝突させ、路上に転倒させ、衝撃を感じ、ガラスが割れるような音を聞き、人体に衝突したことを認識した。しかし、同被告は、飲酒運転等が発覚することを恐れ、そのまま走りさつた。

本件事故から約二週間後に行つた実況見分において、前照灯を下向きにした場合の被告車からの照射範囲は約二六メートルであり、被告車から同程度の距離から最後尾車右横に立つている人物を見た場合、車体のテール、車体の黒色、人物が同様な感じで見えるという状態であつた。

2  前記事実に基づき、被告らの責任原因及び原・被告の過失割合について検討すると、被告渡りには、当時飲酒をしており注意力が散漫になつていた上、被告車を運転し、本件道路を走行するに当たり、本件事故現場付近は商店街であり、人の横断ないし佇立があり得たのであるから、減速の上、前方を十分注視の上進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、注意不十分なまま制限速度を約二〇キロメートル超過する速度で走行した結果、本件事故を生じさせた過失がある(被告榎田は、同車の所有者兼貸主として、運行供用者としての責任がある。)。

他方、原告には、本件事故現場付近が薄暗かつた上、同現場は道路が弯曲後三車線から二車線へと減少する箇所であり、しかも本件道路の交通は比較的頻繁であつたのであるから、同道路において最後尾車の運転席側(歩道と反対側)に立つことは、同道路を走行する車両との接触の危険性があつたにもかかわらず、漫然と同側に佇立していた過失がある。

したがつて、両者の過失を比較すると、被告渡りの過失がより重大というべきであるが、原告にも本件事故の発生に関し二割の過失があると認めるのが相当であるから、過失相殺により、後記原告に生じた損害から同割合を減額すべきである。

二  原告の後遺障害の内容・程度

1  治療経過

甲第二の一ないし四、第三、第四、第七、第二〇号証、第二二ないし第二四号証、乙第一ないし第八号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和二二年三月五日生まれ、中学卒業後、パンの製造業社員、自動販売機のアフターサービス業社員、問屋社員の仕事などを転々とした後、三二ないし三三歳ころからタクシー運転手として勤務し、本件事故当時(四三歳)、ひまわりタクシーにおいてタクシー運転手として勤務していたこと、本件事故により、脳挫傷、頸椎骨折、顔面骨骨折、右外傷性気胸、骨盤骨折、両大腿骨骨折、右腓骨骨折、左腓骨骨折などの傷害を負つたことが認められ、さらに、その後の治療経過は、以下のとおりであることが認められる。

(一) 千里救命救急センターへの入院(平成二年四月一五日から同年六月四日まで、合計五一日間)

原告は、本件事故により同病院に入院し、脳挫傷、左前頭硬膜下水腫等に関し、脳圧コントロール、ヒルトニン注射(遷延性意識障害治療用の注射)、穿頭ドレナージ術(管を入れ、体液等を抜く手術を受け、硬膜下水腫部に造影剤を入れる措置)などの措置をとられるなどしていたが、水腫の範囲はいつたんは狭まつたものの再度拡大した。同病院では、下肢につき、左脛腓骨骨折が開放性骨折である上、感染のおそれがあつたことから整復固定術で治療することはせず、患部にキヤストを巻き、固定していた。

原告は、その後、後記摂津医誠会病院への転院したが、右転院時、筋肉に拘縮がみられ、食事摂取は介助なしで可能であつたものの、排便、排尿を前もつて伝えることができないため、失禁状態であつた。

(二) 摂津医誠会病院への入院(平成二年六月四日から平成三年六月一日まで、合計三六三日間及び平成四年一月一三日から同年二月七日まで二六日間)

同病院において、CTスキヤンを行つたところ、原告には、前頭側頭部に厚さ一ないし一・五センチメートルの硬膜下水腫があり、正中異変、前頭葉、後側頭葉に脳挫傷が認められ、意識が朦朧とした状態が続き、健忘、記銘力障害、尿便失禁が認められ(平成二年六月四日)、左膝から下腿部に痛みがあつたが(同月一五日)、その後、片足起立が可能で意識レベルが向上し(同月二二日)、両下肢の状態も長期伏臥していた割には比較的良好であり(同月二七日)、車椅子へ自力で乗れる状態となつた(同年七月三〇日)。原告は、硬膜下水腫も偏少となり、脳室拡大もわずかになり(同年八月七日)、やがて、リハビリテーシヨンで歩行訓練をするようになり(同月二七日)、言語療法を行うなどした(平成三年三月ころ)。しかし、原告は、右脳部にLDA(低吸収領域)があり、記銘力障害があり(同年四月一九日)、試験的に外泊したところ、布団上での寝起き、床での座位が困難であり(同年五月二一日)、根気、集中力の低下、軽度の健忘がみられる(同月二八日)などの状態は続いていた。

(三) 同病院への通院(平成三年六月二日から平成四年一月一二日まで、及び同年二月八日から同年三月七日まで、実通院日数八五日)及び同病院への入院(平成四年一月一三日から同年二月七日まで、合計二六日間)

原告は、その後、同病院に右のとおり、入通院し、平成四年三月七日、後記後遺障害を残し、症状が固定した。

2  後遺障害の内容・程度

後掲の各証拠によれば、原告の後遺障害の内容・程度に関する関係医師の診断の要旨は、次のとおりであることが認められる。

(一) 平成三年一〇月一四日付け及び平成四年三月六日付け摂津医誠会病院近藤孝医師による後遺障害診断書(甲第二号証の一、三)

「平成四年二月一四日のCTスキヤン及び同月二六日のMRI検査・脳波上、左前頭葉・右側頭葉に脳挫傷による低吸収域を認め、脳波に棘波・徐波がみられ、原告は、自覚症状として、記銘力障害、根気・集中力の低下、構音障害、めまいとふらつき、頬骨骨折による左眼周囲の鈍痛、しびれを訴えている。これら神経障害については、脳挫傷が明らかなので、軽快の見込は少ない。」

(二) 平成五年六月八日付けの摂津医誠会病院近藤孝医師の回答(甲第二三号証)

「原告は、自覚症状として、<1>左顔のしびれ感、違和感、<2>右方注意時の複視、<3>緊張時にろれつが回らなくなる、<4>左足の安定性悪く、ふらつく、<5>根気、集中力低下、<6>物忘れ時の記銘力障害、<7>平衡運動障害により細かな動き、速い動きが出来ない、<8>字が思い出せないなどを訴えており、程度としては中程度ないし軽度であり、日常生活は可能だが、より高次の仕事はできないと考えられる。

受傷後一年一〇か月後の平成四年二月一四日ころ、CTスキヤンを行つたところ、左硬膜下水腫は消失したが、左前頭葉、右側頭葉の脳裏に脳挫傷の痕跡が認められ、同月二六日の脳波検査でも右脳半球の棘波、徐波を認めるなどした。前記<1>ないし<8>は、これら脳挫傷に起因するものと考えられる。

平成三年八月五日の眼科の所見によれば、視力は左右とも〇・八、右・上方に複視があり、視野検査では右眼の鼻側半盲とあるが、これらの障害は、脳挫傷・頬骨骨折などによるものと思われる。

一般に神経症状は、一年を過ぎると回復が困難であり、回復するとしてもその程度は極めて緩慢であるから、原告の前記病状は、当分の間続くと考えられる。」

3  当裁判所の判断

(一) 前記のとおり、原告には、左顔のしびれ感、違和感、右方注視時の複視、緊張時の構音障害、左足不安定、根気、集中力低下、記銘力障害、平衡感覚障害などの自覚症状があり(なお、原告は、右の他、性的不能等の障害が生じたことを主張するが、かかる障害と本件事故との間に相当因果関係があることを認めるに足る証拠はない。)、主治医であつた近藤医師は、右障害の程度は中程度ないし軽度であり、日常生活は可能だが、より高次の仕事はできないと診断しており、しかも、これら障害は、CTスキヤン、MRI検査において、左前頭葉、右側頭葉の脳裏に脳挫傷の痕跡が認められ、脳波検査でも右脳半球の棘波、徐波が存在するなどの他感的所見による裏付けを有しているのであるから、脳損傷等に起因する症状であるものといわざるを得ない。

(二) なお、被告らは、乙第五号証によれば、原告の後遺障害認定に関する自算会の調査時、同会の顧問医は、提出された脳波上、特段の所見は認められない、平成四年二月一四日のCT上、前回画像(平成三年一二月以前のもの)を上回る所見は認められないとして、脳損傷による原告の神経症状に対する影響はさほどのものではないとの見解を示していることなどから、原告の症状は客観的には局部に頑固な神経症状を残すものに該当するに過ぎず、同症状が脳損傷等の中枢神経の損傷に起因するものとは認められないと主張する。

そこで検討すると、一般に、脳波所見、CT等の所見に関する判断は、医師によつても評価が分れ得る微妙なものがあることは確かであるが、現代医学においては、CT、MRIによる診断にも限界がないわけではなく、その像からは必ずしも脳損傷、神経系統の損傷が明確に読み取れない場合であつても、実際には、脳・神経に機能的障害が存し、現実にかなりの神経症状が生じ得ることも稀ではないことは周知の事実であるところ、本件においては、前記のとおり、本件事故による受傷部位が原告が本件事故により脳挫傷等である上、頭部CT、MRI上、左前頭葉、右側頭葉に脳挫傷が、脳波検査でも棘波、徐波がそれぞれ認められるのであり、他方、原告の前記自覚症状は、医学的に脳損傷に起因するものとしては理解が困難なものであること等を認めるに足る証拠はないのであるのであるから、当裁判所としては、一般人の経験判断に照らせば、原告の前記症状は脳損傷等の中枢神経に起因する神経症状であり、本件事故と因果関係を有する高度の蓋然性があるとみるのが相当と判断する。したがつて、前記被告らの主張は採用できない。

(三) したがつて、同後遺障害は、全体として自賠法施行令二条別表(以下「等級表」という。)第九級一〇号の「神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するものと認められる(なお、原告は、同表後遺障害等級七級の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができない。」場合に該当する旨主張するが、前記後遺障害の内容・程度に照らし、かかる程度に達しているとまでは認め難く、現に甲第二五号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、住友製薬株式会社に再就職し、医薬品製造工場における製造、検査、包装、分析研究補助、一般事務等の業務に従事し、相応の収入を得ていることが認められるから、右原告の主張は採用できない。)。

そして、労働基準監督局通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号により、労災保険において、後遺障害九級の労働能力喪失率が三五パーセントとされていることは当裁判所にとつて顕著な事実であること、前記後遺障害は、原告の本件事故前に終了していたタクシー運転手としての業務にかなりの支障をもたらすものと考えられること、同後遺障害は脳挫傷に起因するものであるから今後改善の見込は少ないことなどを考慮すると、原告は本件事故による前記後遺障害により、労働能力の三五パーセントを喪失し、同状態は終生続くものと認めるのが相当である。

三  損害(概要は、別紙損害算定一覧表のとおり)

1  未払治療費(主張額八三四〇円)

原告は、千里救命救急センター内の新千里病院において健康保険の自己負担分として合計八三四〇円を負担したものと主張する。しかし、右支出を認めるに足る証拠はない。

2  器具代等(主張額二万三三八〇円)

原告は、採尿器、防水シーツ、リハビリ用の靴、T字帯等の費用として合計二万三三八〇円を支出したものと主張する。しかし、右支出を認めるに足る的確な証拠はない(もつとも、弁論の全趣旨によれば、これらを購入する必要性は認め得るから、後記傷害慰謝料の算定においてこの点を考慮することとする。)。

3  付添看護費(主張額六二万五五〇〇円)

原告は、千里救命救急センター、摂津医誠会病院における入院期間中、妻が付添をしたとして付添看護費を請求する。しかし、本件の原告のように重傷の患者の場合、病院が完全看護体制をとるのが通例であり(高額の治療費等の中には、その費用も包含されていることが一般である。)、肉親は看護そのものというより情愛の念からの面会を重ねることが少なくないところ(この場合は、付添看護費算定の対象とはならない。)、本件においては、付添の必要性に関する医師の証明等、右看護の必要性、相当性等を認めるに足る証拠がない。

4  入院雑費(主張額五二万六八〇〇円)

前記認定のとおり、原告は、千里救命救急センターに五一日間、摂津医誠会病院へ三八九日間(入院日千里救命救急センターと一日重複)、合計四三九日間入院したことが認められるところ、右入院中、雑費として一日当たり少なくとも原告主張の一二〇〇円が必要であつたものと推認される。したがつて、その間の入院雑費を算定すると、五二万六八〇〇円となる。

5  通院交通費(主張額一一万二三八〇円)

原告は、平成三年六月二日から平成四年一月一二日まで、及び同年二月八日から同年三月七日まで、摂津医誠会病院へ通院(実通院日数八五日)し、原告の主張等弁論の全趣旨によれば、その間、少なくとも一日当たり往復三八〇円の交通費(バス代、原告主張の妻のバス代を含む)を要したことが認められる。したがつて、この間の通院交通費を算定すると、三万二三〇〇円となる(なお、弁論の全趣旨によれば、右通院の際には、期間、額とも、証拠上確定が困難ながら、バス代の上昇、タクシーによる通院が必要な時期があつたものと推認されるが、この点は後記傷害慰謝料において斟酌することとする。)。

6  損害賠償関係費用(主張額九二〇〇円)

原告は、診断書作成費として一〇三〇円、レントゲン写真代として八一七〇円の費用を要したと主張する。しかし、右費用を認めるに足る的確な証拠はない。

7  休業損害(主張額六九四万三七四六円)

甲第三号証によれば、原告は、本件事故の前年である平成元年、三六五万七二四〇円の年収(日収一万〇〇一九円、一円未満切り捨て、以下同じ)を得ていたことが認められる(甲第四号証によれば、本件事故前三か月の収入を認定し得るが、本件のように長期間の逸失利益を算定するには、その基礎となる収入も長期間のものを採用するのが合理的であるので、右のとおり認定することとする。)。前記認定のとおり、原告は、平成二年四月一五日に生じた本件事故後、前記のとおり入通院し、平成四年三月七日、症状が固定したことが認められるところ、前記治療経過に照らすと、原告は、本件事故後平成三年六月一日までの四一三日間及び平成四年一月一三日から同年二月七日までの二六日間の入院期間(合計四三九日間)は、完全に労働能力を喪失し、平成三年六月二日から平成四年三月七日まで(ただし、右入院期間を除く。)の二五四日間は、その七〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式のとおり、六一七万九七一九円となる。

10,019×439=4,398,341

10,019×0.7×254=1,781,378

8  後遺障害逸失利益(主張額二九八六万〇六三三円)

前記認定のとおり、原告は、昭和二二年三月五日に生まれ、本件事故前三六五万七二四〇円の年収を得ていたところ、本件事故(事故日平成二年四月一五日、当時四三歳)による後遺障害(症状固定日平成四年三月七日、当時四五歳)により、その労働能力の三五パーセントを喪失したことが認められ、また、弁論の全趣旨によれば、原告は六七歳まで稼働が可能であるものと認められる。

したがつて、ホフマン方式を用いて中間利息(二四年の係数から二年の係数を差し引いた数値)を控除し、本件事故当時の後遺障害逸失利益の現価を算定すると、次の算式のとおり、一七四五万七四八七円となる。

3,657,240×0.35×(15.4997-1.8614)=17,457,487

9  慰謝料(主張額一二〇〇万円)

本件事故の態様(特に、同事故がいわゆる引き逃げ事案であること)、原告の受傷内容(特に脳挫傷による意識障害をともなう重度の傷害であること)、治療経過、前記後遺障害の内容・程度、職業、年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては、九〇〇万円(傷害慰謝料四〇〇万円、後遺障害慰謝料五〇〇万円)が相当と認められる。

10  小計

以上を合計すると、三三一九万六三〇六円となる。

四  過失相殺及び損益相殺

1  前記認定のとおり、本件事故により生じた損害額から過失相殺により二割を減額するのが相当であるところ、前記損害合計三三一九万六三〇六円に、(治療費として支払われたことが当事者間に争いがない)一四八〇万九九一三円を加算し、その合計額である四八〇〇万六二一九円から二割を減額すると、残額は三八四〇万四九七五円となる。

2  本件事故により原告に生じた損害に関し、自賠責保険からの支払金として三一六万円、損害内金として六五八万一五二〇円、治療費として一四八〇万九九一三円(合計二四五五万一四三三円)の支払がなされたことは当事者間に争いがないから、前記過失相殺後の残額三八四〇万四九七五円から右額を差し引くと残額は、一三八五万三五四二円となる。

五  まとめ

以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、連帯して、一三八五万三五四二円及びこれに対する本件事故の日である平成二年四月一五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

別紙 損害算定一覧表

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